第3章 イスラームの 一般知識

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ムハンマドは西暦570年にマッカ(アラビア半島の1都市)で生まれた。彼の父は彼が生まれる前に亡くなり、母親も彼の幼少期に亡くなった。それゆえその後は、マッカに住む高貴な部族クライシュ族の中でも特に敬われていた家系の出身の叔父に育てられた。彼は読み書きを習わずに育ち、亡くなるまで文盲であった。彼だけでなく、彼が預言者としての使命を授かる以前から、人々は科学的知識などに対しても無知で、たいていの人々は文盲だったのだ。ムハンマドは成長するにつれ、正直さや信頼性、寛大さや誠実さといった徳の高さで知られるようになった。人々の彼に対する信頼の篤さゆえに、「誠実な人」とまで呼ばれるほどであった。1また彼は信仰心も非常に強く、当時の社会の退廃と偶像崇拝による堕落に愛想をつかせていた。

天使ガブリエルを通して神から最初の啓示を受けたのは、ムハンマドが40歳の時である。啓示はそれから23年間続き、それらを集大成したものがクルアーンと呼ばれているものである。

クルアーンを唱え、神が啓示した真理を布教し始めるやいなや、彼と少数の信者たちは不信仰者から迫害を受け始めた。迫害が余りにも厳しくなったため、622年に神は彼らに移住するように命じた。マッカの北方約420㌔の位置にあるマディ ーナへのこの移住が、イスラームで用いられるヒジュラ暦の初年となった。

その数年後ムハンマドと信者たちはマッカに凱旋したが、その際彼らは長年迫害され続けたマッカの不信仰者たちを赦し放免した。63歳でムハンマドが亡くなるまでに、アラビア半島の大部分がイスラーム国家の支配下になり、そして彼の死後100年も経たない内に、イスラームは西はスペインまで、東は中国まで広がった。イスラームが急速かつ平和裏に広がった理由は、その教えが真実かつ、明快であったためである。イスラームは、ただ崇められるべき唯一の神への信仰を呼びかけている。

預言者ムハンマドは正直で、正義感が強く、慈悲深く、哀れみ深く、思いやりがありかつ、勇敢な人間という1個の完璧な模範である。彼は一介の人間ではあったが、邪悪な性格などからは程遠く、ただ神のため、そして来世におけるその報奨のためだけに奮闘したのである。何はともあれ、彼は全ての行動や取引において、常に神を念頭に起き、かれを畏れていた。

マディーナの預言者ムハンマドモスク}